さまよえるオランダ人 - ウィーン国立オペラ座のチケット

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NOV 2021 Next

あらすじ

作曲者の欲した形式は1幕形式であったが、当時の未熟な舞台技術によって止むを得ず3幕構成にさせられた。なお現行の楽譜に2つの稿があり、第1稿が荒々しいオーケストレーションの救済のない形(1841年版)、第2稿が幾分穏やかなオーケストレーションで救済のある形(1880年版)の2つの版がある。それぞれの稿の違う部分は、主に序曲の最後と終幕のフィナーレのオーケストレーションである。ウィーン国立歌劇場では、前演出までは第1幕の後に休憩を入れたが、今では完全に1幕形式上演である。現在のバイロイトを初めとして、ほとんどの歌劇場も1幕形式で上演される。

第1幕

舞台はノルウェーのフィヨルドに 面した港町。ダラントは一時避難で自らの家のあるここに投錨する。すると遠くから、黒いマストに真紅の帆を立てた幽霊船が現れる。幽霊船の船長のオランダ 人は「呪いを受け7年に一度上陸できるが、乙女の愛を受けなければ呪いは解かれず、死ぬことも許されずに永遠に海をさまよわなければならぬ」と嘆く。

ダラントはオランダ人から財宝を渡され、娘ゼンタと引き会わすことを約束してしまう。

第2幕

ゼンタはオランダ人と出会い、その不幸に心打たれ、救いたいと思う。ゼンタはオランダ人の肖像を見ては思いを募らすばかりである。しかし、ゼンタはエリックという青年に愛されているのである。

ゼンタは父とオランダ人に説得され、オランダ人につき従うことを約束する。

第3幕

第1幕の港町に再びオランダ人の幽霊船が現れる。オランダ人に会おうとするゼンタ。それを引き止めるエリック。オランダ人はエリックのゼンタへの愛 を見て「裏切られた」と言い、帆をはり去っていく。ゼンタは自らの純愛を岩の上から叫び、貞節を証明するために海に身を投じる。ゼンタの純愛を得た幽霊船 は呪いを解かれ死を得て沈没する。そしてオランダ人とゼンタは浄化され昇天していくのである。

プログラムとキャスト

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ウィーン国立歌劇場

 

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又、ウィーンで開催されるクラシックコンサートは勿論、ご希望であればオペラ座近くのホテルやレストランのご予約も可能です。

連絡先

住所:Operring 4, A-1010, Wien

電話:+43 19688622

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公共交通機関

地下鉄: U1、U2 、 U4
トラム: 1 、 2、D 、62 
バス: 59A
停車駅:カールスプラッツ/オペラ Karlsplatz/Oper
タクシースタンドが近くにあります。又、公演終了時にはタクシーが劇場前に待機しています。ホテルまでのお帰りがご心配な方にはタクシーのご利用をお勧めします。



歴史


ウィーン国立歌劇場はウィーン造形アカデミーの建築家アウグスト・シカート・フォン・ジッカルツブルクとエドゥアルト・ファン・デア・ニルが共作で設計し、1869年5月25日、当時の皇帝フランツ·ヨーゼフと皇后エリザベートの存在下で、モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」により盛大にこけら落としが行われました。

 

フランツ·フォン·ディンゲルシュテット(劇場支配人・詩人)、ヨハン・ヘルベック(指揮者・作曲家)、フランツ・ヤウナー(演出家・劇場支配人)、ヴィルヘルム・ヤーン(指揮者)などの芸術的影響を受け、オペラ座の人気は益々高まっていきました。1897年に総監督となったグスタフ・マーラーは、古い上演システムを改新し、新しい舞台芸術を取り入れ、新世代歌手を積極的に起用するなどの第一次改革を行い、その後後継者たちにも引き継がれていきました。

又、マーラーはそれまでオペレッタを上演しなかったオペラ座にヨハン・シュトラウスの「こうもり」を正式なレパートリーとしました。

 

20世紀になると、総監督のリヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」(1916年10月4日)や「影のない女」(1919年10月10日)の初演が行われます。

 

第二次世界大戦中、1938年から1945年年間はオペラ座暗い時代を迎えます。ナチスの下で多くの団員が追放・殺害され、様々な作品が上演禁止になりました。

1945年3月12日、連合軍の爆撃により舞台は破壊され、建物は火災に遭います。その後、ウィーン・フォルクスオーパーやアン・デア・テアーターウィーン劇場が仮の拠点となり、1955年11月5日カール・ベームによる「フィディオ」の上演で再開を果たします。

1956年に芸術監督に就任したヘルベルト・フォン・カラヤンはイタリア語やその他の外国語作品もドイツ語による上演を行ってきたそれまでの慣例を破り、原語上演の方針を導入し、これはその後ドイツその他の大劇場にも波及しました。

 

今日ウィーン国立歌劇場は、多大なレパートリーが故世界で最も重要なオペラ座の一つとみなされています。

 

2010年9月1日以来、音楽監督はフランツウェルザー=メスト、音楽総監督はドミニクマイヤー。

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