カプリッチョ ウィーンオペラ

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JUN 2022

あらすじ

 

1775年頃、パリ郊外の城。ロココ風のサロン。音楽家フラマンと詩人オリヴィエは、若くして未亡人となった伯爵夫人マドレーヌに恋している。2人は伯爵夫人がどちらを選ぶかで言い争っているが、論争は次第に「音楽か言葉か」ということにまで発展する。劇場支配人のラ・ロッシュも加わり、大オペラ論争になる。3人が去ると伯爵夫人と兄の伯爵が登場する。音楽を賛美する伯爵夫人を兄がからかう。伯爵夫人は兄を、女優のクレロンにぞっこんだから戯曲の方が好きなのね、と冷やかす。

 

一同で伯爵夫人の誕生日パーティーの打ち合わせをしているところに、パリから女優のクレロンが到着する。伯爵はクレロンと、オリヴィエの書いたソネットを朗読する。2人が劇場に去ると、オリヴィエは伯爵夫人の前でその詩を読み上げ、彼女に献上して愛を打明けようとする。フラマンはこの詩に旋律をつけて歌にする。韻がメチャクチャになったとオリヴィエは激怒するが、伯爵夫人は音楽が詩に輝きを与えたと言う。オリヴィエが劇場に去った後、フラマンは伯爵夫人に愛を告白する。彼女は明日の11時に書斎でと答える。

 

パーティーが始まる。バレエやイタリア人歌手の二重唱が披露される。劇場支配人が、計画中の二つの劇について語ると、一同は嘲笑したり反発したりする。怒った劇場支配人は、自分の芸術論を熱く語る。伯爵夫人はオペラを作ってほしいと言う。伯爵が「今日ここで起こったことをオペラにしよう」と提案する。皆は納得し、散会となる。

 

執事は伯爵夫人に、オリヴィエの伝言を伝える。「明日11時、オペラの結末を聞くために書斎で待っている」とのこと。フラマンと約束をした同じ時刻と場所である。どちらを選ぶべきか……伯爵夫人はハープを弾きながら、ソネットを今一度歌い、鏡の中の自分に問いかける。答えは出ない。伯爵夫人が部屋を出ると、この結論を暗示するかのようなホルンの動機が響き、幕。

プログラムとキャスト

ウィーン国立歌劇場

 

EUROPERA Ticketではウィーン国立歌劇場のチケットのご予約を承ります。

ご予約いただいたチケットは劇場、又はオペラ座すぐ隣に我々のオフィスでお受け取り頂けます。

又、ウィーンで開催されるクラシックコンサートは勿論、ご希望であればオペラ座近くのホテルやレストランのご予約も可能です。

連絡先

住所:Operring 4, A-1010, Wien

電話:+43 19688622

メール  : office@vienna-concert.com 

 

 

公共交通機関

地下鉄: U1、U2 、 U4
トラム: 1 、 2、D 、62 
バス: 59A
停車駅:カールスプラッツ/オペラ Karlsplatz/Oper
タクシースタンドが近くにあります。又、公演終了時にはタクシーが劇場前に待機しています。ホテルまでのお帰りがご心配な方にはタクシーのご利用をお勧めします。



歴史


ウィーン国立歌劇場はウィーン造形アカデミーの建築家アウグスト・シカート・フォン・ジッカルツブルクとエドゥアルト・ファン・デア・ニルが共作で設計し、1869年5月25日、当時の皇帝フランツ·ヨーゼフと皇后エリザベートの存在下で、モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」により盛大にこけら落としが行われました。

 

フランツ·フォン·ディンゲルシュテット(劇場支配人・詩人)、ヨハン・ヘルベック(指揮者・作曲家)、フランツ・ヤウナー(演出家・劇場支配人)、ヴィルヘルム・ヤーン(指揮者)などの芸術的影響を受け、オペラ座の人気は益々高まっていきました。1897年に総監督となったグスタフ・マーラーは、古い上演システムを改新し、新しい舞台芸術を取り入れ、新世代歌手を積極的に起用するなどの第一次改革を行い、その後後継者たちにも引き継がれていきました。

又、マーラーはそれまでオペレッタを上演しなかったオペラ座にヨハン・シュトラウスの「こうもり」を正式なレパートリーとしました。

 

20世紀になると、総監督のリヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」(1916年10月4日)や「影のない女」(1919年10月10日)の初演が行われます。

 

第二次世界大戦中、1938年から1945年年間はオペラ座暗い時代を迎えます。ナチスの下で多くの団員が追放・殺害され、様々な作品が上演禁止になりました。

1945年3月12日、連合軍の爆撃により舞台は破壊され、建物は火災に遭います。その後、ウィーン・フォルクスオーパーやアン・デア・テアーターウィーン劇場が仮の拠点となり、1955年11月5日カール・ベームによる「フィディオ」の上演で再開を果たします。

1956年に芸術監督に就任したヘルベルト・フォン・カラヤンはイタリア語やその他の外国語作品もドイツ語による上演を行ってきたそれまでの慣例を破り、原語上演の方針を導入し、これはその後ドイツその他の大劇場にも波及しました。

 

今日ウィーン国立歌劇場は、多大なレパートリーが故世界で最も重要なオペラ座の一つとみなされています。

 

2010年9月1日以来、音楽監督はフランツウェルザー=メスト、音楽総監督はドミニクマイヤー。

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