清教徒 ウィーンオペラ

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MAY 2022 Next

清教徒
I Puritani

 

作曲:ヴィンチェンソ・ヴェッリーニ

 

あらすじ

 

第1幕

第1場:クロムウェル率いる清教徒軍の要塞。

歩哨の合唱「坂道だ、夜が明けてきた」「太鼓はとどろき」につづき、皆が登場して自然を賛美、感謝する重唱。人々が去った後、リッカルドは友人のブルーノに、エルヴィラの思いを語る。リッカルドは戦地に赴く前、エルヴィラの父グアルティエーロから、帰還後娘のエルヴィラとの結婚を約束されたが、帰ってみるとエルヴィラは王党派のアルトゥーロを愛していることを知り、結婚出来ないと嘆く。アリア「ああ永遠に私はあなたを失った」

第2場:城内のエルヴィラの部屋。

王党派のアルトゥーロを愛し悩んでいるエルヴィアのところへ、叔父のジョルジョ卿が現れ、父のヴァルトンを説得してアルトゥーロとの結婚の許可を得たと話す。喜ぶエルヴィラ。トランペットがアルトゥーロの到着を告げる。

第3場:城内の広間。

一同にぎやかに会する。アルトゥーロは喜びをこめてアリア「いとしい乙女よ、あなたに愛を」を歌う。エルヴィラは華麗なポロネーズ「私は愛らしい乙女」を歌う。アルトゥーロはこの人々の中に気高い夫人を見つけた。この女性こそ、先に清教徒軍により処刑されたチャールズ1世の王妃エンリケッタで、この城に幽閉されていたのである。アルトゥーロは王党派の一員として王妃を逃そう思い、エルヴィラのヴェールを王妃に被せて脱出を図る。そこにリッカルドが剣を持って現れ、アルトゥーロに決闘を迫る。止めに入った王妃のヴェールが外れ、エルヴィラではなくエンリケッタであることが判ったリッカルドであったが、なぜか二人をそのまま逃がしてしまう。エルヴィラは恋人に裏切られたと半狂乱になる。

 

第2幕

城内の一室。狂乱したエルヴィラを同情する兵士の合唱「ああ、おいたわしい」。ジョルジョが現れロマンツァ「花に飾られた女」で、アルトゥーロを求めているエルヴィラの様子を歌う。リッカルドが現れ、アルトゥーロが議会で断罪され、死刑の判決を受けたと語る。つづいてエルヴィラが登場。<狂乱の場>「あなたの優しい声が」。アルトゥーロに裏切られた気持ちを切々と訴える。エルヴィラが去った後、ジョルジュはリッカルドに、彼女を救うことが出来るのはお前だけだと説得される。リッカルドは王妃とアルトゥーロを見逃したが、それによりエルヴィラを得ることが出来るかと思ったのだったが、実際エルヴィラはそれが元で狂乱してしまった。ジョルジュとリッカルドは二重唱「ラッパの響きが聞こえ」で、祖国のために戦うことを誓う。

 

第3幕

エルヴィラの館の近くの森。エンリケッタ王妃を無事に逃したアルトゥーロはイングランドを去ろうとするが、その前に一目エルヴィラに会いたいとやって来た。そこへ狂乱のエルヴィラが現れる。アルトゥーロが「泉のほとりで」を歌い、一緒に逃げた女が実は王妃エンリケッタであることを告白する。エルヴィラは誤解が解け正気を取り戻し、再び熱烈に愛し合う二人。二重唱「わたしの腕の中に」。しかし兵士の足音が迫ると、エルヴィラは再び狂乱して兵士を呼ぶ。逮捕されたアルトゥーロは死刑を宣告される。エルヴィラは正気に戻りアルトゥーロと共に運命を共にすると誓う。刑が執行されようとする寸前、使者が現れ「ステュワート家が滅び共和国になった!」と告げる。アルトゥーロも赦免され、晴れて二人は結ばれる。(幕)

プログラムとキャスト

ウィーン国立歌劇場

 

EUROPERA Ticketではウィーン国立歌劇場のチケットのご予約を承ります。

ご予約いただいたチケットは劇場、又はオペラ座すぐ隣に我々のオフィスでお受け取り頂けます。

又、ウィーンで開催されるクラシックコンサートは勿論、ご希望であればオペラ座近くのホテルやレストランのご予約も可能です。

連絡先

住所:Operring 4, A-1010, Wien

電話:+43 19688622

メール  : office@vienna-concert.com 

 

 

公共交通機関

地下鉄: U1、U2 、 U4
トラム: 1 、 2、D 、62 
バス: 59A
停車駅:カールスプラッツ/オペラ Karlsplatz/Oper
タクシースタンドが近くにあります。又、公演終了時にはタクシーが劇場前に待機しています。ホテルまでのお帰りがご心配な方にはタクシーのご利用をお勧めします。



歴史


ウィーン国立歌劇場はウィーン造形アカデミーの建築家アウグスト・シカート・フォン・ジッカルツブルクとエドゥアルト・ファン・デア・ニルが共作で設計し、1869年5月25日、当時の皇帝フランツ·ヨーゼフと皇后エリザベートの存在下で、モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」により盛大にこけら落としが行われました。

 

フランツ·フォン·ディンゲルシュテット(劇場支配人・詩人)、ヨハン・ヘルベック(指揮者・作曲家)、フランツ・ヤウナー(演出家・劇場支配人)、ヴィルヘルム・ヤーン(指揮者)などの芸術的影響を受け、オペラ座の人気は益々高まっていきました。1897年に総監督となったグスタフ・マーラーは、古い上演システムを改新し、新しい舞台芸術を取り入れ、新世代歌手を積極的に起用するなどの第一次改革を行い、その後後継者たちにも引き継がれていきました。

又、マーラーはそれまでオペレッタを上演しなかったオペラ座にヨハン・シュトラウスの「こうもり」を正式なレパートリーとしました。

 

20世紀になると、総監督のリヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」(1916年10月4日)や「影のない女」(1919年10月10日)の初演が行われます。

 

第二次世界大戦中、1938年から1945年年間はオペラ座暗い時代を迎えます。ナチスの下で多くの団員が追放・殺害され、様々な作品が上演禁止になりました。

1945年3月12日、連合軍の爆撃により舞台は破壊され、建物は火災に遭います。その後、ウィーン・フォルクスオーパーやアン・デア・テアーターウィーン劇場が仮の拠点となり、1955年11月5日カール・ベームによる「フィディオ」の上演で再開を果たします。

1956年に芸術監督に就任したヘルベルト・フォン・カラヤンはイタリア語やその他の外国語作品もドイツ語による上演を行ってきたそれまでの慣例を破り、原語上演の方針を導入し、これはその後ドイツその他の大劇場にも波及しました。

 

今日ウィーン国立歌劇場は、多大なレパートリーが故世界で最も重要なオペラ座の一つとみなされています。

 

2010年9月1日以来、音楽監督はフランツウェルザー=メスト、音楽総監督はドミニクマイヤー。

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